わたしがよくお付き合いしている中国の方々は客家と呼ばれる人たちなのですが、彼らは主に中国東南部に
分布しています。わたしの場合は福建の客家の人と接することが一番多いです。彼らは毎日何度もお茶を飲むのですが、1人でも2人でも3人以上でもとにかく、躊躇なく「茶会」を開きます。
「茶会」と言ってもたいそうなものではなく、茶器をカチャカチャおままごとのように弄りながら、(比較的)丁寧にお茶をいれていくというものです。彼らにとっては、時に食事より重要なのかもしれません。1日に5回くらいはこうした「茶会」をやってます。
アフリカ、ガーナに移住したわたしの友人もまた例にたがわず毎日のようにお茶を飲みます。彼はウーロン茶、水仙茶、奇蘭茶をそれぞれ5斤(1斤=500グラム×5)、中国から持ってきたり、輸入したりしていて、それらを気分に合わせて飲んでいます。1年間で茶葉にかけるお金は、4,000元ほど(8万円ほど)だそうです。これは高いとみるか安いとみるか…わかりませんが、一般的な日本人から見れば、高く見えるのではないでしょうか。
食卓はなくとも、茶卓を買うという精神も、そうした部分に表れています。彼の家は食卓がなく、道端に落ちていた汚い板を拾ってきて(奥さんがそれをわたしの目の前で洗って)、それを段ボールの上にのせて食卓としています(わたしも食卓を借りて作業)。かなりワイルドです。
しかし茶卓はあるのです。ちゃんと中国から輸入して一式お茶セットがあり丁寧にお茶を入れます。ただこれはPDD(共同購入する中国のECサービス)で買った安物ではありますが。ということで、一事が万事、こんな感じで食事というよりも飲茶を中心に生活が回っている感じなのです。
論文のデータにならない、フィールドこぼれ話ですが個人的にはとても興味深いのでここでとりあげて「成仏」。でもデータになるような情報よりも、データにならないような情報の方が、面白いのかもしれません。
そんな日々是好日です。